2008年05月09日

岡田以蔵 人斬りの人生 

幕末の人斬り 岡田以蔵
以蔵は1838年土佐藩 郷士 岡田義平の長男として生まれる。

嘉永元年、土佐沖に現れた外国船に対する海岸防備のために父義平が藩の足軽として徴募され、そのまま城下の七軒町に住むようになり、以蔵自身はこの足軽の身分を継いでいる。
当時の土佐では身分による差別が激しく、郷士の身分をお金で買うことはなどは珍しいことではありませんでした。
以蔵の身分は郷士ではなく足軽でした。以蔵の父の思惑で、以蔵は足軽の身分を、以蔵の弟が郷士の身分を継いだのです。

以蔵は武市瑞山に師事し、小野派一刀流剣術を学ぶようになります。
以蔵の人生を決定的なものとする武市との出会いはここから始まりました。
もともと剣の腕はかなりのものだったようで、武市のところに来てからもその腕は益々磨きがかかっていきました。

その後、武市に従い江戸に出てると以蔵もこれにともない江戸に出てる。
江戸においては鏡心明智流の名門である桃井春蔵の道場・士学館で学ぶ。
このころに坂本龍馬とも出会い懇意になっている。

1860年(万延元年)、武市に従って中国、九州で武術修行にでると、また以蔵はこれに従い九州を武術修行する。
以蔵は豊後岡藩に立ち寄り、以蔵は堀加持右衛門の道場で翌文久元年3月まで修行をおこない、その後江戸に入っています。

そのころ1861年(文久元年)武市は土佐勤王党を結成する。
時代の波に乗る尊攘派は過激な行動を各地で展開することになる。
土佐藩においても、土佐勤王党の那須信吾らにより、参政吉田東洋暗殺をする。
翌年、1862年(文久2年)土佐に戻ってきた以蔵は土佐勤王党に参加するのだ。

この土佐勤王党加盟後、以蔵は暗殺の日々を繰り返すようになる。
以蔵は本当に人斬りをしたかったのだろうか?
以蔵の他にも人斬りの多くは、そこに自分の存在価値を見出したのだろう。
また周りの人間も汚れ役を進んでやる者もいなかっただろうから、必然的に教養のない者などがそうなってしまっていたのではないだろうか。
以蔵も人を斬る事によって評価される自分に酔いしれていたのかもしれない。

以蔵は先ず最初に吉田東洋暗殺の下手人を捜していた下横目の井上佐市郎を暗殺。
閏8月19日 人斬りは人斬りを知る?のか薩摩の人斬り新兵衛こと田中新兵衛と出会い意気投合する。
意気投合した二人は早速翌日20日、本間精一郎を暗殺する。
以蔵は22日には宇郷玄蕃を暗殺、29日に猿の文吉を暗殺と連日人を斬っていく。

そして9月23日再び田中新兵衛と共に、渡辺金三郎・大河原重蔵・森孫六・上田助之丞暗殺。
明けて1863年(文久3年)岡田以蔵坂本龍馬と共に大阪へ向かいます。
大阪に着いた以蔵は池内大学を暗殺。

そんな以蔵の姿を見て坂本龍馬何かを感じたのでしょうか。
龍馬は以蔵を師・勝海舟に引き合わせ、身辺警護を依頼するのです。

ある日勝が夜、市中を歩いていたら、丁度寺町通りで三人の壮士がいきなり前へあらわれて、ものもいわず切り付けた。
驚いて後へ避けたところ、勝の側にいた岡田以蔵が、いそぎ長刀をひき抜いて一人の壮士を真っ二つに斬った。
そして一喝すると、後の二人は勢いに辟易して何処ともなく逃げていった。
勝自身もやっとの事で虎口を遁れ、以蔵の早業には感心したようだった。

後日勝は以蔵に向って
「君は人を殺すことをたのしんではいけない。先日のような挙動は改めたがよかろう」と忠告すると
以蔵は「しかし、先生それでもあの時、私が居なかったら先生の首は既に飛んでしまっていたぜよ!」といったという。
これにはさすがの勝も一言もなかったということだ。

しかしそんな暗殺の日々も長くは続かなかった。
8.18の政変で長州藩をはじめ尊攘派が急速に勢いをなくすと、土佐勤王党も失速。
武市は土佐に呼び戻されると以蔵は土井鉄蔵と名を変え、一人京都に潜伏した。

しかし元治元年六月頃、幕吏に捕えられ入墨のうえ京洛追放、と同時に土佐藩吏に捕われ国もとへ搬送される。
土佐藩では吉田東洋暗殺・京洛における一連の暗殺について土佐勤王党の同志がことごとく捕らえられ、上士格の武市瑞山を除いて厳しい拷問を受けた。


以蔵の捕縛を知った武市は彼の自白によって他の同志が危険に晒されるのを恐れ、自分に心酔した牢役人を通じて以蔵に毒を盛ろうとしたとさえ言われている。
武市は性根の弱い以蔵が拷問に簡単に屈してしまうと心配したとか、以蔵が軽輩故に他の同士より一層激しく耐え難い拷問に遭うであろうと予想した、また、毒を送られた以蔵はそれを毒とは知らずに服んだが死なず拷問に屈して白状したとか、毒を見破って憤りのあまり自白に及んだなどと様々に解釈されている。

以蔵も過酷な拷問に耐えたが、遂に全てを白状し、慶応元年五月十一日に打ち首、晒し首となった。

辞世の句は「君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき」。


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