2008年03月21日
頼三樹三郎 反逆の四天王
「反逆の四天王」の一人、頼三樹三郎。
頼三樹三郎も、池内大学、梅田雲浜、梁川星巌らとともに要注意人物として幕府に目を付けられて安政の大獄で捕らえられてしまう。
1825年(文政8年)有名な儒学者・頼山陽の三男として京都三本木に生まれる。
父 頼山陽の死後、しばらく父の弟子の児玉旗山の塾に通うが、旗山が没すると、1840年(天保11年)には大坂に行き後藤松陰の塾に寄寓し、かたわら篠崎小竹に学んだ。
大坂に居るときに篠崎小竹を通じて幕府高官の羽倉簡堂と知り合い、1843年(天保14年)羽倉が江戸に戻るとき三樹三郎も一緒に江戸に赴いている。
江戸においては昌平黌に入学し学んでいるが、このとき、徳川将軍家の菩提寺である寛永寺の石灯篭を破壊するという事件を起こして退学処分とされている。
三樹三郎は、このときすでに尊皇運動に感化されており、幕府の朝廷に対する軽視政策に異議を唱えていたのだろう。
過激な行動はその後も続いていく。
その後1846年(弘化3年)には東北地方から蝦夷地へと遊歴し、松前藩で探検家の松浦武四郎と親友となった。
1849年に京都に戻り、再び勤王の志士として活動をしはじめる。
それでも、母が存命している間は母の注意もあって自重していたが、やがて母も死没すると、家族を放り捨てて勤王運動にのめり込んだいくのだ。
1853年()ペリーが浦賀に来航すると一気に尊皇攘夷運動が高まりの兆しを見せ始める。
こうなると、おとなしく家の塾を指導していられるような性格ではない三樹三郎は尊王の大儀を唱えて幕政の非を唱え続けていく。
父の旧友である梁川星厳や梅田雲浜らとともに有志公卿の間に入説。
1858年(安政5年)将軍継嗣問題について、一橋派と結んではげしく幕政を攻撃、一橋慶喜擁立を求めて朝廷に働きかけたため、ときの大老 井伊直弼の安政の大獄により、いち早く梅田雲浜・梁川星巌・池内大学と並ぶ危険人物の一人と見なされて捕縛される。
捕らえられた頼三樹三郎は江戸の福山藩邸において幽閉され、幕府の激しい詰問を受ける。
福山藩主の侍講・石川和助は、たまたま父・頼山陽の弟子であったため石川は三樹三郎の助命嘆願に走るのだが、それも虚しく1859年江戸小塚原刑場で斬首されてしまうのだ。
頼三樹三郎 享年35歳。
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頼三樹三郎も、池内大学、梅田雲浜、梁川星巌らとともに要注意人物として幕府に目を付けられて安政の大獄で捕らえられてしまう。
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父 頼山陽の死後、しばらく父の弟子の児玉旗山の塾に通うが、旗山が没すると、1840年(天保11年)には大坂に行き後藤松陰の塾に寄寓し、かたわら篠崎小竹に学んだ。
大坂に居るときに篠崎小竹を通じて幕府高官の羽倉簡堂と知り合い、1843年(天保14年)羽倉が江戸に戻るとき三樹三郎も一緒に江戸に赴いている。
江戸においては昌平黌に入学し学んでいるが、このとき、徳川将軍家の菩提寺である寛永寺の石灯篭を破壊するという事件を起こして退学処分とされている。
三樹三郎は、このときすでに尊皇運動に感化されており、幕府の朝廷に対する軽視政策に異議を唱えていたのだろう。
過激な行動はその後も続いていく。
その後1846年(弘化3年)には東北地方から蝦夷地へと遊歴し、松前藩で探検家の松浦武四郎と親友となった。
1849年に京都に戻り、再び勤王の志士として活動をしはじめる。
それでも、母が存命している間は母の注意もあって自重していたが、やがて母も死没すると、家族を放り捨てて勤王運動にのめり込んだいくのだ。
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頼三樹三郎 享年35歳。
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