2008年02月10日

坂本龍馬 土佐勤王党と脱藩

江戸での剣術修行を経て土佐に戻った坂本龍馬武市半平太の結成した土佐勤王党に加盟した。


土佐勤王党とは一藩勤王を唱え、武市半平太が1860年(文久元年)8月に結成。
坂本龍馬中岡慎太郎といった面々も含め、190余名が加盟。
その中心はほとんどが郷士、下士、庄屋といった下士層で構成されており、武市半平太坂本龍馬中岡慎太郎吉村虎太郎は、土佐勤王党の四天王といわれていました。

そんな土佐のでの生活の中、同じ土佐勤王党吉村虎太郎他2名が脱藩します。
自らの考えを実現せんとする吉村の行動におそらく龍馬も触発をされたのでしょう。

二度の江戸への遊学経験・河田小龍の話・尊攘派の討幕計画などを通して時代の動きを敏感に感じていた龍馬は土佐の田舎にじっとしていられなかったのではないだろうか
龍馬の心には「せにゃいかんことがある。行くぜよ!」というものがあったのだろう。

1861年(文久2年)その当時武市との考えにズレを感じていた龍馬は脱藩を決意します。

龍馬は道中の護身用にと、才谷屋秘蔵の刀を手に入れようとしたが、既に事情を察していた兄の権平が家中の者に「龍馬に刀を渡してはいかん」と根回しをしていて出発寸前まで刀は手にすることができなかった。
しかし、次姉のが、ひそかに、龍馬に家伝の宝刀を用立てた。
はこの責任をとって龍馬が脱藩を決行した3月24日の夜自刃して果てた。
の遺体はこの日の内に、身内の者達の手によって密葬されたと言う。

龍馬は本当に身内に助けられた人物であり、愛された男であった。

脱藩した龍馬は長州に入り、大坂、京都を経て、江戸に向かう、向かう先は、佐那子が待つあの千葉道場である。

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