2008年02月02日

勝海舟 幕末の名士 

幕末の日本、そして徳川家を穏便に新しい時代へ導いた男、勝海舟

1823年(文政6年)江戸にて父・小吉の実家、男谷家で誕生する。
幼名は麟太郎という。

海舟のもともとの出身は越後の国で、曽祖父・銀一が江戸に出て高利貸しを営み、巨万の富を得る。
そして祖父・平蔵が御家人株を入手して男谷家を興すことにより、武家となった海舟の祖父。

三男の小吉を勝家へと養子に出すのである。

この小吉こそが勝海舟の父である。

海舟は剣術を、父・小吉の従兄弟の男谷精一郎、精一郎の高弟島田虎之助の道場で習う。
そして蘭学を永井青崖に弟子入りし学ぶのである。
この時代に佐久間象山の知遇を得るのだ。

1853年(嘉永6年)ペリーが浦賀に来航すると鎖国により止まっていた日本の時計は一気に動き始める。
老中首座の阿部正弘は幕府の決断のみで開国することに慎重になり広く意見を求めるのだ。
このときの勝海舟の意見書が阿部の目に留まる。
そして幕府海防掛だった大久保一翁の知遇を得たことから念願の役入りを果たし、海舟は自ら人生の転換期を迎える。

その後、長崎の海軍伝習所に入門。
伝習所ではオランダ語がよく出来たため教監も兼ね、伝習生と教官の連絡役も果たした。
長崎に赴任してから数週間で聞き取りもできるようになったと本人が語っている。そのためか、引継ぎの役割から第一期から三期まで足掛け5年間を長崎で過ごすこととなる。

このときの阿部正弘は薩摩藩のお由羅騒動おり島津斉彬の藩主に就くのを助けた人物であり。阿部正弘については後日また調べてみることにする。



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