2008年01月13日

西郷隆盛 勝海舟との出逢い

1864年(元治元年)西郷隆盛は越前福井藩の堤正誼にとある江戸幕府の重臣にあうことを進められる。

その相手が勝海舟である。

西郷隆盛勝海舟の出会い
 西郷は勝に会ったときの感想をこう記している。
「勝氏と初めて面会したが、実に驚くような人物であった。最初は幕府重臣として非難するつもりだったが、会って話をしてみると本当に頭が下がる人物である。
勝氏の知略には驚くばかりである」と大久保に宛てた手紙で書いている。

その理由は、勝は現状の幕府の状態や世界の政治情勢をみて,今後幕府が政治を続けていくことは無理だと考えていた。
幕府が徳川というプライドを取り除き,諸藩と協力して諸外国に立ち向かわねば清国のようにされてしまうと説いた。

勝はのちに海軍操練所をまかされたおり,坂本龍馬など他藩の優秀な人材を迎え入れ,幕府の海軍ではなく日本の海軍の建設に努めたのはそういった理由からである。

勝は,西郷の力量を見込み幕府の内情を打ち明けて批判し,諸藩による議会政治の確立が必要だと語ったのだ。

この出会いが後年、江戸無血開城に繋がっていくのです。

その同じ年、長州は幕命により第1次長州征伐にあっていました。
薩摩藩も西郷を征長軍の参謀に任命し、長州に向っていました。

長州藩内では、禁門の変での恨みが骨髄にまで染み渡っており、薩摩・会津を憎むものがほとんどで、自らの下駄の裏に「薩賊会奸(さつぞくかいかん)」書き憎しみを顕にしておりました。
しかし西郷の説得により長州は幕府に恭順の意をしめします。

その幕府は一時は和平を結びますが、再度長州征伐を計画します。
これに反対した西郷は、出兵を拒否。

このことが歴史を大きく動かすことになるのです。

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