2008年10月05日

吉田松陰 黒船来航!迫りくる危機感

1853年(嘉永6年)6月浦賀湾に黒船が来航する。
ペリー提督率いるアメリカ合衆国東インド艦隊である。

浦賀湾にて黒船を観察した松陰は大きな衝撃を受ける。
 「このままでは日本は列国の属国になってしまう」 西洋列国から日本を守るためには西洋先進国を知ることであると判断した松陰は、海外渡航を決心するのである。
このとき衝撃を受けたのは松陰だけではなく、ペリー率いる黒船の来航は、それまで平穏無事に、のほほんと生きてきた日本にとてつもない刺激を与えた。

幕府の体たらく振りに呆れ返った志士達は行動を開始する。
松陰も、西欧に負けない国になるには、まずは西欧を知ることであると考えを固めるのだ。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」だ。

ペリーが1年後の再来航を約束して浦賀を出向してから1ヶ月。
今度はプチャーチン率いるロシア艦隊四隻が長崎に入港した。
この知らせを聞いた松陰はロシア船に乗り込む密航計画を立て長崎に向かう。しかし、松陰が長崎に着いたときには、すでにロシア艦隊の姿はなく、また江戸に戻っていく。

諦めがつかない松陰。どうしても外国を見てみたい。当初の日の本の国を守るという初心を忘れているが如きの行動に出るようになる。

1854年(嘉永7年)1月、ペリーが再び来航すると、松陰の密航計画を知った長州藩・金子重之助は松陰と共に密航を企てる。
(松陰と師弟関係を結んだのは、金子重之助が一番最初らしい)。

しかし、アメリカ側は松陰たちの渡航を拒絶。
松陰の密航計画は失敗に終わるのだ。

松陰と金子は自首し、その後、萩に送還、松陰は士分が入れられる野山獄、金子は岩倉獄へと投獄される。

この辺りが吉田松陰が松陰らしいところで、正直なのである。
誰にも言わなければ密航を企てことなどばれる筈もなく、その後もチャンスがあれば渡航する機会はあっただろうに。

野山獄に投獄された松陰は、獄中で囚人達を相手に「孟子」の講義を始める。
講義をすることで自己のモチベーションや、とにかく誰でも良いから今の自分の気持ちを伝えておきたかったのかもしれない。
そう、心に溢れ出る感情を抑えることは不可能だったのだ。
これが後に、自己の立場を明確にした主体性のある孟子解釈として、松陰の主著となる「講孟余話」としてまとめられる。
また後年、松下村塾の助教授となる富永有隣とも野山獄で出会っている。

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