2008年08月25日

篤姫 宮崎あおい 第34回

篤姫 宮崎あおい 第33回 『公家と武家』

皇女和宮の江戸行きが迫っていた。
盛大に迎えようと張り切る天璋院であったが、朝廷から輿入れ後も身の回りはすべて御所風にて暮らすとの要求を突きつけられる。それにより、江戸方と京方との衝突がくすぶり始める。

ついに和宮は江戸城に入り、将軍・徳川家茂との対面をする。
家茂に対し不安を抱いていた和宮であったが、眼前に現れた家茂はやさしく凛としていて、和宮は一目でひかれ始める。

一方、天璋院との初対面において、敷物のない下座へ通された和宮たちは激怒。
和宮からも「天璋院へ」と呼び捨てのあて名を添えた土産が届けられ、双方の対立は激化してゆく。

そのころ薩摩では、有馬新七たち誠忠組がやり場のない思いを胸にたぎらせていた。
小松帯刀大久保利通島津久光に、今こそ幕政改革のときであり、不満を募らせる誠忠組をまとめるには西郷隆盛の力が必要であると説く。

さて、和宮たちと仲良くしたいと思いをめぐらす天璋院であったが、朝廷が和宮の帰京を強硬に迫り、さらには家茂直筆の請文を帝に差し出させたことを知り、意を決し飛び出していく。向かうは大奥・新御殿、和宮のいる場所であった。


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2008年08月18日

篤姫 宮崎あおい 第33回

篤姫 宮崎あおい 第33回 『皇女和宮』

桜田門外の変による井伊直弼の突然の死は、幕府を大きく揺るがしていた。
失われた権威を取り戻すため、幕府では、孝明天皇の妹・和宮と将軍徳川家茂との縁組みを進めていた。
天璋院は、和宮に婚約者がいると聞き強く反対するが、老中の安藤信正は聞く耳を持たない。

一方、京でも和宮の母・観行院や庭田嗣子らが婚儀に反対し、和宮自身も乗り気では無かった。
しかし、幕府に恩を売れば攘夷を実行できるという岩倉具視の言葉に心動かされた孝明天皇は、婚儀を進めることを決意。
和宮に、日本国のためと言い聞かせる。

天璋院は家茂に不安を訴えるが、婚儀を幕府と朝廷の架け橋にしたいという家茂の言葉に、息子の成長を感じ安心するのだった。

時を同じくして薩摩藩から天璋院の元に、故郷の薩摩へ帰ってはどうかとの書状が来る。
心動かされる天璋院だったが、滝山からこの誘いは幕府老中たちの企みであると聞き一転、薩摩へは帰らぬと安藤に告げる。

天璋院は亡くなった徳川家定の遺志を受け継ぎ、徳川将軍家を守り抜くと宣言し、和宮を迎える準備を始める。

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2008年08月11日

篤姫 宮崎あおい 第32回

篤姫 宮崎あおい 第32回 『桜田門外の変』

ついに幾島との別れの日がやってきた。
天璋院は別れのあいさつなどいらぬと強がりながら、とめどない涙を流すのだった。

その頃、幕府では蒸気船咸臨丸をアメリカへと航海させる準備を進めていた。
将軍 徳川家茂天璋院は、船の乗組員の勝海舟と面会する。勝の飾らぬ人となりは天璋院に鮮やかな印象を残す。

一方、薩摩では激しい弾圧を行う井伊直弼を打倒しようと、有馬新七ら若者たちが立ち上がろうとしていた。
冷静だった大久保利通でさえそれに賛同し、小松帯刀も止められない。
ついに、決起となった日、彼らの元に藩主 島津久光からの書状が届く。
  “誠忠士の面々へ” と書かれた藩主の直々の言葉に感極まった彼らは、すんでの所で決起を思いとどまる。

天璋院は井伊を問いただすため、二人きりでの面会を申し込む。自分は国を守りたい一心で、己の役割を果たしただけと語る井伊。
その覚悟を目の当たりにし、深い感銘を受けた天璋院は、これからは井伊ともっと語り合いたいと願う。

しかし、迎えた3月3日、天璋院は桜田門外で起こった恐ろしい出来事を、滝山から伝えられることになるのだった。


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2008年08月05日

篤姫 宮崎あおい 第31回

篤姫 宮崎あおい 第31回 『さらば幾島』

井伊直弼による一橋派への取り締まりは、いっそう激しさを増していた。
将軍 徳川家茂は天璋院に、井伊のしていることが正しいのか間違っているのか分からないとこぼす。
母として息子を元気づける天璋院を、幾島はほほえましく思いつつ、少し寂しげに見つめていた。

弾圧の嵐が吹き荒れる中、天璋院の母親代わりとして将軍家への輿入れに力を尽くしてくれた村岡にも魔の手が迫っていた。
天璋院は村岡を救ってくれるよう家茂に頼もうとするが、私的な理由で将軍に願い事などしては井伊の思うつぼであり、家茂の立場も危うくなると滝山にいさめられてしまう。
村岡への取り調べの日が迫る中、天璋院は幾島にあることを命ずる。

幾島は単身、囚われの村岡の元へ向かった。
そして取り調べの日、村岡は白い衣を身にまとって現れる。それは天璋院が婚礼の時に着た衣装だった。
その凛とした姿と天璋院の威光に役人たちは恐れをなし、村岡は厳しい取り調べを切り抜ける。

無事役目を果たした幾島は、天璋院に暇をいただきたいと告げる。
そして、自分の教えることは既に無く、己の勤めは終わったのだと語りはじめるのだった。


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2008年07月28日

篤姫 宮崎あおい 第30回

篤姫 宮崎あおい 第30回 『将軍の母』

次期将軍となる徳川慶福が江戸城に入り、名も家茂と改める。
家定を失った天璋院は家茂の後見役となることに希望を見出す。

一方、大老井伊直弼は、一橋派らを次々と弾圧し始めるのだ。
世に言う「安政の大獄」のはじまりである。

家茂は井伊の方針に疑問を感じ、天璋院に相談しようとする。
家定から家茂を後見するようにと遺言された天璋院は素直に喜ぶが、井伊は天璋院が幕政に関与することを嫌い、さらには西郷隆盛の居場所を問いただす。

ついに京を追われた西郷と月照は薩摩に逃れるが、すでに藩の実権を掌握していた島津斉興は二人を捕らえる。
小松帯刀大久保利通は西郷と月照を逃がそうとするが、二人は帯刀らに迷惑がかからないようにと海に身を投げてしまうのだ。

しかし西郷は助かるが、奄美に送られることになる。

そのような中、幾島は天璋院の将軍後継争いに敗れた責任を負って、大奥を去りたいと申し出る。

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2008年07月22日

篤姫 宮崎あおい 第29回

篤姫 宮崎あおい 第29回 『天璋院篤姫』

将軍・徳川家定の死を知った篤姫は悲しみにくれていた。

ハリスとの会見をすすめたり、将軍後継争いに巻き込んでしまったことが病弱な家定に大きな負担を与えたと、篤姫は自分を激しく責める。

一方、薩摩では藩主・島津斉彬の死によって政局が混乱していた。
前藩主・島津斉興が復権を目論んでいたのだ。
小松帯刀は、斉彬の遺志を継いで幕政改革を断行したいという忠教の側近になる。
また主君斉彬の死によって気落ちする西郷隆盛は、僧・月照に諭され、斉彬の遺志を継ぐため政治工作活動を始めるのだ。

篤姫は、周囲の反対を押し切って側室・お志賀と生母・本寿院に家定の死を伝えようとする。

しかし、お志賀からは病弱な家定に無理をさせたことを責められ、本寿院からは篤姫が家定を毒殺したのだと決めつけられ、ひどい仕打ちをうける。

それから数日後、家定の葬儀が行われた。
未亡人となった篤姫は落飾して天璋院となる。新たな将軍となる徳川慶福の後見役を頼むという家定の遺言を果たそうとする天璋院は、大老・井伊直弼と対面する。


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2008年07月14日

篤姫 宮崎あおい 第28回

篤姫 宮崎あおい 第28回 『ふたつの遺言』


井伊直弼が大老の職に就き、次の将軍は紀州の徳川慶福と決まった。
徳川家定は井伊と堀田正睦に、万一の時は篤姫に慶福の後見をさせるようにと伝える。

その直後、家定は発作を起こして倒れる。しかし家定の病は隠され、篤姫や本寿院にすら詳しい病状が知らされることはなかった。

大老となり権力を握った井伊は、周囲の反対を押し切って独断でアメリカと条約を結ぶ。
徳川斉昭一橋喜慶は井伊を追い落とそうとするが失敗、逆に処分を受けてしまう。

一方、薩摩では島津斉彬が西洋式軍隊の整備をすすめていた。
小松帯刀西郷隆盛を前に斉彬は、幕府と日本国を改革するため兵を率いて上京するとの決意を明らかにするのだ。

しかし軍の訓練中に熱を出して倒れた斉彬は、志なかばで帰らぬ人となってしまう。

その死を伝えられた篤姫は、手元に届きながら読むことのできなかった斉彬からの手紙に初めて目を通す。

「おのれの信じる道を行け」。

父の思いを知り、とめどない涙を流す篤姫
しかしその悲しみをいやす暇もなく、滝山がもう一人の最愛の人の死を篤姫に知らせるのであった。


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2008年07月07日

篤姫 宮崎あおい 第27回

篤姫 宮崎あおい 第27回 『徳川の妻』

父・島津斉彬を裏切ることになろうとも、納得するまでは一橋慶喜、松平慶福のどちらにも味方しないことを決意した篤姫。
そんな折、滝山が井伊直弼を大老にすべく嘆願書を持参し、篤姫にも賛同を求める。
断固拒否するよう篤姫に求める幾島。
しかし、篤姫は即答を避けるのだった。篤姫と幾島の想いの溝は次第に深いものとなっていく。

一方、薩摩では斉彬が新たな手を打とうとしていた。
井伊に対抗して松平慶永を大老に推し、篤姫の後押しをするのである。

そんな斉彬の思惑をよそに、篤姫は嘆願書の件は滝山に一任すると告げる。
そして、どちらが大老にふさわしいのか見定めるため、篤姫は両名に対面することになる。

徳川家だけではなく、力のある諸侯が政を行うべきだとする慶永。
対して井伊は、徳川将軍家を守り抜き、強き幕府を目指すべきであると主張する。

対面後、将軍 徳川家定が選んだのは井伊であった。
それは家定の中に初めて芽生えた、自分の家族を守りたいという想いからだった。
その想いに心打たれた篤姫は、ある決意を持ち飛び出していく。


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2008年06月30日

篤姫 宮崎あおい 第26回

篤姫 宮崎あおい 第26回 『嵐の建白書』

次期将軍をめぐる争いが本格化しはじめる。
紀州の慶福を推す井伊直弼は、同じく慶福を推す大奥の本寿院と会見し、盟約を結ぶ。
島津斉彬から一橋慶喜を次期将軍にせよとの密命を帯びて大奥に入った篤姫は、ますます追い詰められることになる。

この状況を打開するため、斉彬は幕府に建白書を提出し、将軍継嗣の件における自らの立場を表明する。
大藩・薩摩から出されたこの建白書は、大奥や幕府内で大きな波紋を呼ぶことになる。
本心では慶福こそ将軍にふさわしいと考える篤姫だが、斉彬を追い詰めてしまったことに責任を感じ、あらためて将軍 徳川家定に慶喜を跡継ぎにするよう願い出る。

一方、アメリカ総領事ハリスより通商条約の締結を迫られた幕府は、異国嫌いの孝明天皇の許しを得るため、老中・堀田正睦を京に派遣する。

しかし、井伊もまた朝廷に対する工作活動を始めていた。
開国と将軍継嗣。ふたつの問題は、こうして争いの舞台を京へと移していく。

そんな中、江戸にいる篤姫は、将軍継嗣について自分なりの結論を出す。

  

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2008年06月23日

篤姫 第25回

篤姫 第25回 宮崎あおい 「母の愛憎」

将軍 徳川家定が倒れた。
幸い大事はなかったが、篤姫が気苦労をかけるのが原因だと考えた本寿院は、2人を遠ざけようとするのだ。
家定が篤姫と過ごすことを望んでも、それを許さず、お志賀が相手をするようにし向ける。
誤解を解こうと本寿院に掛け合う篤姫だったが、世継ぎを生む気などないのだろうと非難されてしまう。

その頃、西郷隆盛と大久保利通は薩摩を出発し、熊本へ向かっていた。
初めて薩摩の外へ出る大久保は、母のフクからも励まされ、自らの道が開けるのではと胸をときめかせていた。

しかし、西郷と熊本藩家老との会談の席で、大久保は席を外すことを求められる。
おとなしく引き下がりながらも、心の中では怒りに打ち震える大久保であった。

一方、家定に会うことができない篤姫は、食べ物もろくにのどを通らない。一人の女として、自分が家定を心から慕っていることに、篤姫は気付く。

互いを求める気持ちは、家定も同じだった。家定は本寿院に今まで育ててくれたことへの感謝を述べつつ、自分は大人になったのだと宣言。その手をふりはらい、篤姫のもとへと向かう……。
  

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2008年06月16日

篤姫 宮崎あおい 第24回

篤姫 宮崎あおい 第24回 『許すまじ、篤姫』

ハリスとの会見を控えた将軍 徳川家定は、篤姫に不安を打ち明ける。
家定が相談してくれたことがうれしい篤姫は、将軍としての権威を失わない対面の方法を、はりきって考えはじめる。

一方、本寿院は篤姫への反感を募らせていた。
篤姫が一橋慶喜を次の将軍に推すため、家定にとりいっていると考えたのだ。
滝山は慶喜の世継ぎに反対している井伊直弼が江戸に戻ってくることを本寿院に伝え、心強い味方になってくれるから心配ないと告げる。

会見が間近に迫ったころ、ハリス側が将軍と立ったままで対面したいと申し入れて来た。
篤姫はその無礼に怒りつつも、ある妙案を思いつく。

会見当日、会場に入ったハリスは仰天する。
家定が何枚もの畳を重ねた上に待ち受けていたのだ。
座った姿勢でも頭がハリスより高くなるようにと篤姫が考えた作戦は大成功。家定の将軍としての威厳は保たれ、会見は無事に終了する。

しかし本寿院は、篤姫が慶喜を会見の席に同席させていたことを知り、ついに怒りを爆発させる。ぎくしゃくしていた嫁と姑の関係は、この時、決定的に決裂してしまう……。
  

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2008年06月09日

篤姫 宮崎あおい 第23回

篤姫 宮崎あおい 第23回 『器くらべ』


篤姫に対してうつけのふりをすることをやめた徳川家定ではあったが、他の人々の前ではあいかわらず奇行を繰り返していた。

将軍徳川家定から一橋慶喜を将軍にする意思はないと断言された篤姫は、慶喜を推す島津斉彬の思いを考え、激しく悩んでいた。

この頃、アメリカ総領事ハリスは、家定との面会を要求する。
強硬に反対していた徳川斉昭が幕政から退いたことにより、幕府はついに、ハリスに江戸城登城、家定への謁見を許可する。

斉昭という大きな後ろ盾を失った篤姫にとって、慶喜将軍擁立はさらに困難なものとなる。
斉彬の命令を守ろうと必死の幾島に迫られ、篤姫は、慶喜を跡継ぎにと家定に願う。しかし家定から、自分が会ったこともない者を将軍に推せんするのはおかしいと諭される。

そこで篤姫は、慶喜と慶福の両方に会い、自分の目で二人の器量を確認しようと考える。まず大奥に慶喜を招くが、慶喜からはいっこうに覇気が感じられず、とらえどころがない。次に、篤姫は慶福と会う。慶福のりりしい姿に、篤姫は素直に魅了される。ところが、慶福が口にした菓子には毒が入っていたのだ……。






        

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2008年06月02日

篤姫 宮崎あおい 第22回

篤姫 宮崎あおい 第22回 『将軍の秘密』

篤姫は、徳川家定がうつけのふりをしているとは思うものの、いまひとつ確信がもてない。
家定の本当の姿を知り、家定の苦悩を共有することで、真の夫婦になりたいという願いがますます強まる。

島津斉彬は、一橋慶喜と時局について語り合う機会を得る。
慶喜のあまりに冷静な発言に、同席した西郷隆盛はかえって不信感を抱くようになる。

薩摩では、家定についての悪い噂を聞いた尚五郎が、篤姫のことを心配していた。
薩摩に戻った斉彬や西郷に噂の真偽を問いただすが、要領を得ない。

そんな折、幕府はアメリカと下田条約を締結。
アメリカは、通商条約に向けての布石を打ち始める。この難局を乗り切るためにも、次期将軍の決定が急がれることになる。ところが、斉彬とともに慶喜擁立の中心的存在だった阿部正弘が突然に病死してしまう。
頼りとしていた阿部を失い、篤姫は困り果てる。

真の夫婦になるためには、まず自らが本心を語るべきと考えた篤姫は、自分が大奥に輿入れしたのは、慶喜を次期将軍とするためだと家定に告白してしまう。

篤姫の嘘偽りのない素直な言葉に、家定も、驚くべき事実を初めて語りだす。

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2008年05月28日

篤姫館

大河ドラマの『篤姫』の放送に合わせて造られた篤姫館

錦江湾のドルフィンポート内にあるのだが、やはりブームなのか観光客は多かった。

撮影で使われた衣装や小物などを展示してあり、ドラマの撮影で使われた衣装を着ることも出来る。
しかし、歴史的な資料は無く、イベント施設的なものでした。

同じように指宿にも「いぶすき篤姫館」があるのだが、こちらもドルフィンポートにある篤姫館同様にロケセットや撮影風景などの展示のようです。


しかしお土産はかなり豊富。
昨年行ったときには篤姫のお土産など焼酎が1、2本あったくらいだったが、今年は焼酎だけでも7、8本くらいあったし、お菓子などは数え切れないくらいに増えていた。
さすが大河ドラマ効果は絶大だ。

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2008年05月26日

篤姫 宮崎あおい 第21回

篤姫 宮崎あおい 第21回 『妻の戦』

将軍 徳川家定は実はうつけのふりをしているのではないかと感じた篤姫は、家定本人に真相を問い詰めようとする。
しかし、家定が篤姫のもとを訪れない日々が続く。
幾島や滝山、そして家定の実母・本寿院らは、篤姫の髪型や服装をいろいろと変えることで家定の気を引こうと試行錯誤するが、いっこうに効果はあらわれない。
仏間で朝に家定と顔を合わせた篤姫は、とうとう家定自身に願い出る。

ようやく家定が篤姫のもとを訪れる。
篤姫は、家定に何故うつけのふりをしているのかと聞くが、家定は相手にもしない。
しかも、自らの子を持つつもりはないと明言するのである。

この情報はすぐさま幾島から島津斉彬にもたらされた。斉彬や徳川斉昭らは、一橋慶喜を次期将軍に擁立すべきときがいよいよ近づいたことを知る。

篤姫は、側室のお志賀を招き、家定の真の姿についてどう考えているのかと問うが、お志賀はただただ家定のそばにいられれば幸せだと答えるのみ。
家定のことが気になって仕方のない篤姫は、それが愛情という感情だということに、まだ気づいていなかったのであった。

  

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2008年05月19日

篤姫 宮崎あおい 第20回

篤姫 宮崎あおい 第20回 『婚礼の夜』

篤姫に、将軍 徳川家定との婚礼が近づく。
しかし、城内でかくれんぼに興じていた家定の姿を見てしまった篤姫は、家定がまともな人物なのかどうか疑問を抱くようになるのだ。

時代が大きく動いているときに、江戸や京から遠く離れた薩摩で過ごすことに肝付尚五郎は焦りを感じていた。
そこに大久保一蔵は、家定には暗愚との評判があると伝える。
尚五郎は、篤姫が政治闘争に利用されているのではないかと危惧するようになる。

とうとう迎えた婚礼の日、長々とした儀式が続く中、家定は篤姫に関心を持つ様子が一向にない。
夜になり、2人で床につくが、家定はさっさと寝ようとしてしまうのだ。
どうにかして家定を寝かさないようにしようと篤姫は話しかけるが、家定は「何か面白い話を聞かせよ」と言い、篤姫が語る昔話に喜ぶばかり。
篤姫の家定への不信感は極まる。幾島は、家定がうつけではないかという噂を知っていたことを、とうとう明かす。
しかしながら、島津斉彬が、「家定は実は暗愚ではないのではないか」とも言っていたと告げる。
庭でアヒルを追いかけてはしゃぐ家定を見かけた篤姫は、自らそのうわさの真偽を確かめようと決意するが…。
  

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2008年05月12日

篤姫 宮崎あおい 第19回

篤姫 宮崎あおい 第19回 『大奥入城』

婚礼を間近に控え、篤姫は、とうとう江戸城に入る。
大奥の広大さ、豪華絢爛な調度の数々、膨大な数の奥女中たちは目を見張るものがあった。
篤姫には、すべてが新しく驚くことばかりであった。また、家定の生母・本寿院や千人を超える女中たちを取り仕切る御年寄の滝山らと顔を合わせる。

篤姫は、姑(しゅうとめ)にあたる本寿院には嫁として当然のことと考えて下座からあいさつをしたり、これまでの非合理的なしきたりを変えようとするなどして、大奥の女中たちには風変わりな姫とうわさになっていく。
しかしながら、夫となる将軍・徳川家定には会えぬまま日が過ぎる。しかも家定には側室・お志賀がいることも知る。

一方、伊豆の下田にはアメリカ領事のハリスが到着し、家定に謁見を申し入れるなど活発な外交交渉を開始する。
こうした事態に対処するため、家定の次の将軍を選定することが急務であると島津斉彬阿部正弘は考えるが、彼らの動きに対して井伊直弼は警戒を強める。

そんなある日、篤姫は大奥の庭で真剣にかくれんぼをして遊んでいる男を見かける。しかも、その男は女中たちに「公方様」と呼ばれていた…。
  

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2008年05月05日

篤姫 宮崎あおい 第18回

篤姫 宮崎あおい 第18回 『斉彬の密命』

安政の大地震により、篤姫の江戸城大奥への輿入れは白紙に戻る。
篤姫が江戸の薩摩藩邸で暮らし始めて、はや2年。婚礼の目処も立たない日々に、さすがの幾島も焦りをおぼえる。
しかし、このような試練こそ将来の苦難に備えた自己鍛錬になる、と前向きにとらえる篤姫の姿に救われる。

薩摩に帰った肝付尚五郎は、島津斉彬の命に従い、お近との婚礼の準備を進めていたが決心がつかずにいた。
そんなある夜、こっそりとお近が尚五郎の家を訪れ、今回の縁組を尚五郎の方から断ってもらいたいと申し出る。
お近は尚五郎よりも7歳も年上であり、体も弱いことを非常に気にしていたのだ。
尚五郎は、お近の謙虚で素直な心を知り、結婚を決意する。

ようやく篤姫の婚礼の日程が決定する。
大奥に移る前夜、斉彬は篤姫に密命を授ける。それは、篤姫が、もし将軍・徳川家定との間に世継ぎを産めなかった場合は、次期将軍を一橋家の慶喜とするよう、家定や大奥の人々を説得せよというものだった。
篤姫は、斉彬が自分を御台所にしようとした最大の理由を初めて知る。

大奥から迎えにきた滝山に従い、篤姫はとうとう江戸城へと向かう。
  

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2008年04月14日

篤姫 宮崎あおい 第15回

篤姫 宮崎あおい 第15回 『姫、出陣』

西郷隆盛は庭方役に抜てきされ、島津斉彬の側近くに仕えることになる。
さらには、篤姫の嫁入り道具一式の選定を任される。
西郷の活躍ぶりに、薩摩に残る肝付尚五郎は焦る。
また、大久保一蔵はようやく公務に復帰できたが、いまだに父の遠島処分が解けずに苦しい生活を続けていた。

斉彬の息子で、近衛家との結納を済ませたばかりの虎寿丸が早世する。
さらには、斉彬自身も重い病で寝込んでしまう。篤姫や西郷は神仏に祈るが、一向に容態は回復しない。
藩内では、これらはすべて、自らの息子・忠教を藩主にしようと画策しているお由羅の呪詛調伏に違いないと信じられるようになる。

西郷は、かくなる上はお由羅を自らの手で始末しようと企てるが、事前に斉彬に発覚しいさめられる。

とうとう篤姫は、お由羅のもとに出向き、直接対決しようと意を決する。西郷は警護役として付き従う。初めて対面したお由羅に、篤姫は、率直にうわさの真偽を問いただすのであった……。

そのころ薩摩では、大久保の父がようやく戻り、尚五郎にも城勤めが命じられることになり、それぞれに明るい未来が見え始めていた。
  

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2008年04月07日

篤姫 宮崎あおい 第14回

篤姫 宮崎あおい 第14回 『父の願い』

御台所になどなれるわけがない、と英姫に断言された篤姫は、鬱々とした日々を江戸の薩摩藩邸で送っていた。

徳川家祥は、朝廷より将軍宣下を受け、名を家定と改め、第13代将軍となった。生母の本寿院も、そろそろ御台所の件を固めたいと老中らにはっぱをかける。

年が明け、アメリカのペリーが再び江戸沖に現れた。
徳川斉昭は徹底して鎖国・攘夷を主張するが、井伊直弼らは和親条約を締結。
下田と函館の港を開くこととした。この騒動のため、江戸から急に呼び戻された島津斉彬は、薩摩を出立する直前に病床の忠剛を見舞う。
その際に忠剛から一つの頼み事をされる。

江戸の薩摩藩邸に到着した斉彬に、篤姫は御台所の件について素直に問いかける。
斉彬は、斉昭らの反対があることを包み隠さずに話す。
また、忠剛がずいぶんと前に亡くなってしまったことも話してしまう。忠剛は、つまらぬことで篤姫を動揺させたくない。亡くなってもそのことを篤姫には伝えてくれるなと斉彬に遺言していたのであった。
伝えるなと言った父・忠剛の気持ち、それでも伝えた父・斉彬の思いに、篤姫は熱く涙するのであった。
  

Posted by 左近将監 at 10:15Comments(0)TrackBack(0)篤姫